不動産売買仲介歴2年で独立開業した社長のログ

社会人歴=不動産売買仲介業歴2年で独立開業しました。2014年の開業時36歳です。

意思が弱い

自分は意思がびっくりするほど弱い。これは間違いない。

会社を作ったので、何時に出社しても誰にも怒られないし、何時に帰っても誰にも何にも言われない。

会社内のルール=自分なので、意思が弱く自分に甘いと何にもしない可能性があります。ダメ(グレーな)な取引にも印鑑押しそうな気もします。

 

昔から、自分の意志の弱さは自覚しているので、ことあるごとに「自分ルール」を設定してとにかく守るようにしてきました。ノールールだと何にもしないんですね。もしくは、何でもしてしまいそうで。「する・しない」の判断基準を決めました。

 

■会社の活動での自分ルール

 

・5年後に会社をどうするか考える

具体的には免許番号が2になるときに売却できたらと思っています。

こう書くとと極端ですが、結構真剣です。

理由は

1 近い未来の目標がないとがんばれない

2 いまの不動産仲介事情から考えると、5年後は大きく業界地図が変わっているはず

3 会社を買いたいと言ってもらえるくらいの価値のあるものにしたい

4 不動産仲介は楽しいけど、ずっとやってる未来が現在まだ見えていない

 

・きれいにお金を稼ぐ

とにかく、この業界は「バレなきゃいいでしょ」感がすごいです。もちろん、きちんとしている会社・きちんとしている営業さんはたくさんいますが、その何倍も「バレなきゃ・・」っていう会社・営業がいます。「バレなきゃ・・」は非不動産業界の人が、不動産業界に抱くイメージそのものだと思いますが、もちろんバレなくてもやりません。自分の中に「する・しない」のラインを決めています。相手無知に乗じての取引は、自分の気持ちがしんどいです。なので、これはやらない。それだったら、これまで不動産業界でやっていた慣習を打ち破って仕組みを実行したいです。それで稼ぎたい。

 

細かいものはもっとたくさんありますが、上記が大きなものふたつです。

 

 

会社員時代のルールもいくつか書いてみます。

■前職(不動産仲介営業マン・サラリーマン)時代の自分ルール

 

・入社して3か月で契約できなかったら辞める

入社した時の年齢が34歳。社会人経験もなく、特に不動産をしたいわけでもなく入社した(とにかく働かないとお金がなかった)ので、売れないままダラダラいるのは辞めようと思っていました。性格上、この年齢で詰められるのも嫌でしたし。とにかく全力で3か月働いて、ダメだったら不動産以外の業種に転職。こう決めていました。

 

・3か月で契約が取れたら、何があっても2年は勤める

と、思っていたら運よく2か月目で2件の契約をしました。本当にたまたま、運がよかったです。もし3か月以内に契約が取れたら何か理由があると思い込んで(このあたりはスピリチュアルな思い込み)、とにかく何があっても2年間はこの会社でがんばる。

プロフェッショナルになるには期間が全然足りませんが、次に進むべき道が見えるかも、見えるには十分な期間だと思いました。

 

・2年のタイミングで、引き続きこの会社でお世話になるか、辞めて転職するか考える

性格上きめられたルールを守ってまじめに働くはずだと思っていたので、2年たったら自然と次の道が見えているかもしれないと思っていました。2年という期間は適当です。年齢から考えてこれくらいかな、と。もしこの会社に未来があるなら、おもしろそうならそのまま残ろう。違う道が見えたら、筋をきちんと通して辞めよう。仮に進みたい道が、不動産業界以外でもスパッとやめようと思っていました。

 

・集客のための紙チラシは絶対に撒かない

これは入社後6か月くらいから決めました。不動産営業マンはとにかくチラシを撒きます。何にも考えずにとりあえず撒きます。当時の会社はチラシ撒きのバイトはおらず、営業自分たちでチラシを撒かないといけなかったので、時間と体力との兼ね合いでこのルールは決まりました。当時34-35歳でしたし。みんなが当たり前と思っていることを考え直すのは好きです。全然違う方法でお客さんを集めていました。ちなみに入社後、一番最初は分譲地を売ることから始まったので、その時はひたすらチラシ撒いてました。夜25時までとか(笑)。いい思い出です。

 

・20時には必ず退社する

みんな平気で24時まで働いている会社でした。朝は8時半出勤なのに。今考えると、みんな何してたんでしょう。

 

・休日出勤は絶対にしない

休みは週休1日の水曜日だけです。なのに、みんな結構出勤するんですよね。一度出勤したら、タガが外れて休日出勤が当たり前になりそうでしませんでした。

 

 

とかいろいろあります。

全部ノートに書いてことあるごとに見直していました。